Breeze in Savanna

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日記

私の日々の生活や、思ったことなどを書きためて行こうと思います。
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60回目のアフリカ取材準備 2017/04/15
今年は年初から写真集出版、写真展、息子の受験・入学、母の再入院→転院とあわただしい日々が続いていた。
写真展の後片付けも終わり、母の病状も大分安定し、これでようやくアフリカ取材の準備に入ることができそうだ。

今回は写真展を手伝ってくれた瀬尾拓慶君と一緒に行く。
彼にとっては初めてのサバンナ。
かなり楽しみにしているようだ。
今回の旅では、彼のたっての希望で僕の車に同乗させることにした。
撮影者を基本的に乗せない(撮影に支障をきたすため)僕としては、写真展を全力で手伝ってくれた彼へのお礼の気持ちもある。
彼の感性と僕の経験は、きっとお互いにとってプラスになるであろう。

30年間の集大成が終わって新たな旅のはじまり。
本当の集大成に向かって、これまでに欠けていた部分を見つけ、埋めていく作業が始まりつつある。

なぜ両親が医師になったのか 2017/03/26
戦争はもっとも愚かな行為だと思う。
しかし、その戦争があったがゆえに今の僕が存在していることが分かってきた。

京都ホテルの御曹司だった父と地方都市の決して豊かではない印刷工の次女だった母。
出会うはずのない2人が出会った不思議。
そのいきさつは今まで聞いたことがなかった。
母の病床に通い続ける日々は、これらのことを聴ける良い機会になった。

軍国少女だった母は「お国のために何か貢献したい」と思っていた。
戦時中、男性の医者は戦地に派遣され、国内では医師が不足していたために女医を目指すことにした。
「女子医大(当時は医専)は定員を増やして多少は入りやすくなっていた」と本人は言っているが、相当努力したようだ。
親族に医者はおらず、そのような社会状況でなければ医師を目指すことはなかったであろう。
はじめは仕送りを受けていたが、戦後は家業が傾き、進駐軍の寮母のバイトをしながら、奨学金を得ながら卒業した。

父は京都ホテル創業者の3代目として帝王学を学びながら育った。
しかし、戦争で祖父は京都ホテルを手放すことになった。
商業高校に通っていた父は途方にくれ、急きょ医師をめざすことになったようだ。
父方にも医師の親族はいない。
それまで受験勉強をしていなかったのでたいへんだったようだ。
何年も浪人してようやく医学部に入った。

このように戦争に翻弄されて、医師を目指すことになった二人。
大学は違ったが、ある研究会で出会い、結婚した。
そして今の自分がいる。

少年時代、内気で人と話すのが苦手だった僕は医師になれるとは思っていなかった。
母の強い押しがなければ、絶対に医師にならなかったであろう。
父は自然が大好きで、高齢になっても昆虫採集を続けていた。
父がいなければ自然に魅せられるようにはならなかったかもしれない。
その二人の遺伝子を持つ自分が、医師と自然写真家という2つの視点で生命を表現するようになったのは必然だったのかもしれない。

2017/03/17
写真展が終わり、後片付けの目途もたち、日常の生活に戻ってきた。
この2年半は写真集出版や2度の写真展で走り続けてきた。
息子の受験も終わった。
クリニックのほうは以前と比べると患者さんは若干減っており、落ち着いている。
母のほうはまだ入院中で、週に2〜3度の病院通いを続けている。
この数か月はこれらのことが重なりたいへんだったが、大きく体調を崩すこともなく(多少悪い日はしょっちゅうだが)乗り切ってきた。
しばらくのんびりしようと思っている。
過去を振り返ると、必要な時に必要なことが起きるが、一段落して一見暇そうなときにも意味がある。
実は何か別のことに取り組まなければならないために時間が与えられているのだろう。
珍しくこの1か月間、特別な予定が入っていないのは、母や家族と過ごす時間が与えられているのかもしれない。

先日、母のリハビリのための転院先を探すために2つの病院を見学してきた。
90歳で骨盤骨折。
ふつう認知障害がでるか寝たきりになうのが普通であろうが、驚異の回復を見せた母。
だが、もともとある脊椎の多発性圧迫骨折によるゆがみで神経根症状が出て、動けなくなってしまった。
今は寝返りがやっとの状態だ。
リハビリができる状態まで痛みがコントロールできればよいのだが・・・・

縁とは不思議なものだ。
ある病院の院長が私の写真展に来てくださり(その時が初対面)、挨拶をした。
現状では、その病院に転院することになりそうだ。

私のQOL 2017/03/13
毎日新聞朝刊に毎日ヘルス&ライフというページがあり(24面)、そこに『私のQOL』というコーナーがある。
そこに写真入りで大きな記事が載りました。
興味のある方は覧ください。

生きがい 2017/03/08
去年の写真展に何度も来てくれた青年がいた。
いじめられて苦しんでいた時に図書館で僕の写真集『Love Letter』を観て、癒され、救われたと言っていた。
だが、まだ乗り切っていなかったのだろう。
ちょっと暗い顔をしていた。
今回の写真展でもきっと来てくれるだろうと待っていた。
彼は僕が覚えていないと思っていたようだが、そんなことはない。
何度も来てくださる人の顔はだいたい覚えている(会話しないと思えられないが・・・・)。
だが、結局2週間会えなかった。
最終日パネルを片づけている時に彼がふらりと現れた。
「7時までじゃないのですか・・・・」
時間を間違えていたようだ。
「でも先生に会えてよかった。新しい写真集Symphony of Savannaは本屋で買います」と言って帰っていった。
表情は昨年よりはるかに良かった。
「去年より元気そうだね」と言うと、にっこりうなずいた。

僕の写真集を観て、人生が変わったと言ってくださる人がたくさんいる。
そういった反応が僕の生きがいになっている。

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